Credit: Jenny Anderson via People
2026年4月6日、CHESS ブロードウェイリバイバルキャストアルバムの発売に先立ち、アーロンの’Pity The Child’がシングルリリースされました。
レコーディングビデオ
Aaron Tveit – “Pity the Child” | CHESS on Broadway
フル音源
Aaron Tveit – “Pity the Child” | CHESS on Broadway
舞台と同じ声で聞こえるのが嬉しい。
People誌の紹介
このリリースを最初に独占公開したPeople誌の紹介が素晴らしいので引用します。
On the new track, Tveit delivers a fierce, emotionally bruised performance that reminds listeners why “Pity the Child” has long held such a special place in the Chess canon.
Sung by Freddie Trumper — the swaggering American chess champion at the center of the story’s love triangle alongside Michele’s Florence Vassy and Christopher’s Anatoly Sergievsky — the number has become one of the score’s signature showcases. It’s part confession and part psychological unraveling, all wrapped in the muscular pop-rock sound that helped make Chess a phenomenon long before Broadway fully embraced it.
Tveit’s take builds with thrilling control, moving from simmering hurt to full-throttle release and showing off the kind of bright, athletic tenor that has made the actor one of Broadway’s most reliable leading men.
For fans of this score, it is exactly the kind of recording the could want: vocally rich, musically full, emotionally raw and from a performer unafraid to lean into the song’s ache as much as its power.
Aaron Tveit Unleashes a Powerful ‘Pity the Child’ in New Single from Chess 2025 Broadway Cast Album (Exclusive) , People April 6, 2026
この新曲で、トヴェイトは激しく、心の傷を露わにしたような演技を披露しており、聴く者に「Pity the Child」がなぜこれほど長い間、『チェス』の楽曲群の中で特別な位置を占め続けてきたのかを改めて思い起こさせる。
フレディ・トランパーが歌うこのナンバーは、ミシェル演じるフローレンス・ヴァッシーやクリストファー演じるアナトリー・セルギエフスキーと共に物語の三角関係の中心に立つ、傲慢なアメリカ人チェスチャンピオンが歌うもので、本作のスコアを代表する名曲の一つとなっている。それは告白であり、心理的な崩壊の過程でもあり、ブロードウェイが本格的に『チェス』を受け入れるずっと前から、本作を現象的なヒット作へと押し上げた力強いポップ・ロックサウンドに包まれている。
トヴェイトの解釈は、スリリングなコントロールで高まりを見せ、くすぶる痛みから全開の解放へと移り変わり、彼をブロードウェイで最も頼りになる主演男優の一人に押し上げた、明るくアスリートのようなテノールの魅力を存分に披露している。
この楽曲のファンにとって、これはまさに理想的な録音と言えるだろう。声の豊かさ、音楽的な充実感、感情の生々しさ、そして曲の力強さと同じくらいその痛みにも恐れずに寄り添う、そんなパフォーマーによる歌声が詰まっている。


Pity The Child(和訳)
2025-26公演のアーロン演じるフレディのキャラクターに合わせて訳してみました。(研究のための試訳・禁転載)
When I was nine I learned survival
Taught myself not to care
I was my single good companion
Taking my comfort there
Up in my room I planned my conquests
On my own, never asked for a helping hand
No one would understand
I never asked the pair who fought below
Just in case they said no
9歳のとき、生き延びる術を覚えた
「何も感じるな」と自分に教え込んだ
たったひとり 自分だけが味方だった
そこに安らぎを見つけるしかなかった
部屋にこもって、勝ち取る未来を思い描いた
誰にも頼らず ひとりで
どうせ誰にも わかるはずがなかったから
下の階で争っているあの二人にも 何ひとつ訊かなかった
「だめだ」と言われたら 終わりだったから
Pity the child who has ambition
Knows what he wants to do
Knows that he’ll never fit the system
Others expect him to
Pity the child who knew his parents
Saw their faults, saw their love die before his eyes
Pity a child that wise
He never asked, did I cause your distress?
Just in case they said yes
哀れなのは 大志を抱いた子ども
自分のしたいことを はっきり知っていて
自分が決して 周りの望む型には
はまらないとわかっている
哀れなのは 親を見抜いてしまった子ども
彼らの欠点を 目の前で愛が死んでいくのを見ていた
哀れなのは そんなふうに賢すぎた子ども
「僕のせいなの?」と聞いたことはなかった
「そうだ」と言われるのが怖かったから
When I was twelve my father moved out
Left with a whimper, not with a shout
I didn’t miss him, he made it perfectly clear
I was a fool and probably queer
Fool that I was I thought this would bring
Those he had left closer together
She made her move the moment he walked away
I was the last the woman told
She never let her bed get cold
Someone moved in– I shut my door
Someone to treat her just the same way as before
12歳のとき、父が出て行った
怒鳴りもせず、ただ弱々しく消えるように
寂しさは感じなかった―奴ははっきりさせていった
俺は愚か者で、たぶんどこかおかしいんだと
バカな俺は、こう思っていた―
これで残された者どうしが もっと近づけるかもって
だが父が出て行ったその瞬間から 母は次の手を打っていた
俺に知らされるのはいつも最後だった
母のベッドが冷える暇などなかった
誰かが転がり込んできて—俺は自分の部屋のドアを閉めた
結局その誰かも 前と同じように母を扱うだけだった
I took the road of least resistance
I had my game to play
I had the skill, and more– the hunger
Easy to get away
Pity the child with no such weapons
No defence, no escape from the ties that bind
Always a step behind
I never called to tell her all I’d done
I was only her son!
俺はいちばん抵抗の少ない道を選んだ
俺には打ち込めるゲームがあった
腕があったし、それ以上に―飢えがあった
逃げ出すことなど、造作もなかった
哀れなのは そんな武器さえ持たない子ども
身を守るすべもなく
縛りつけるものから 逃げる道もない
いつだって 一歩後ろに取り残される
どれほどのことを成し遂げたか
母に電話して告げたりは しなかった
俺はただの息子にすぎなかったから
Pity the child but not forever
Not if he stays that way
He can get all he ever wanted
If he’s prepared to pay
Pity instead the careless mother
What she missed
What she lost when she let me go
And I wonder does she know
I wouldn’t call–a crazy thing to do—
Just in case she said who?
哀れな子ども だがそれはいつまでもは続かない
そのままでいることを 選ばなければ
望んだものは すべて手に入れられる
その代償を払う 覚悟があるなら
憐れむならむしろ 無神経な母親の方だ
俺を手放したことで、
見逃したもの 失ったもの―
あの人は気づいているだろうか?
電話なんてしないさ―そんなクレイジーなこと
「…どちらさま?」と言われるかもしれないから
観劇メモ&考察
2025/10/17-22のプレビュー期間と、オープン後の2026/2/15-21に、CHESSの舞台を観に行ってきましたよ。観劇時のメモをベースにこの歌を考察しました。
オリジナルの脚本では、フレディはチェスの天才で傲慢でお金大好きなわがまま野郎、さらにアカ(共産主義者)が大嫌いで悪口三昧、という同情の余地のない悪役。この歌を歌うのもフローレンスに振られた直後で、(こんな愛されなかった生い立ちだから愛し方がわからないんだ)的な扱いでした。
しかし今回2025年版の脚本では、より深い物語になっていました。フレディは登場時に「11歳からチェスのチャンピオンで、その影響で双極性障害に」と紹介され、彼の奇矯な振る舞いの理由があちこちに散りばめられて、単なる「我儘で傲慢な天才」ではない肉付けがされています。そしてこの「Pity The Child」は、彼が過去の抑圧された感情(傷ついた内なる子ども)を受け入れ、本来の自己を取り戻していく心理的プロセスに立ち会うような、深いカタルシスを得られる歌になっています。
フレディは前ロシアチャンピオンのボリスが彼に敗れた後、秘密裏に「消された」ことも気づいていたし、ソ連の子どもたちが家族から引き離されて、チェスだけを訓練させられていることにも怒っていますが、対局前の記者会見でそれを記者たちに訴えても相手にされず、態度が悪いとバッシングを受けます。しかし彼の言うことが本当だということは、アナトリーとモロコフの会話から観客は知っています。盤上の試合のはずなのに、まるで前線の兵士のように、自分が勝てば相手が死ぬ。これだけでも精神的にかなり厳しい状況です。
フレディが口汚くロシアを罵るのは、ロシアがチェスの覇権を握るために、人の命や子どもたちの子どもらしい幸せを踏み躙ることへの怒りが根底にあります。その怒りは、子ども時代にネグレクトを受けて、チェスで勝つことでしか生き抜くことができなかった自分自身の哀しみから生まれていた、ということが、この「Pity The Child」を聴くとはじめてわかるのです。
1幕のチェスの対局中、フレディが音や光に過敏なことを利用してロシア勢がさまざまな妨害工作を仕掛ける場面があります。しかし周囲の人々には、ただ彼が妄想に囚われて暴言を吐いているように受け取られてしまいます。
「Pity The Child」の歌詞やアーロンの表現から、同じことが幼少期からあったのだろうと感じました。おそらくフレディは、高い知能とともに、知覚や感情についても人並外れて鋭敏な感受性を持つ子どもだったのでしょう。今では「ギフテッド」という言葉でその生きづらさが理解されつつありますが、1970年代には、英才教育が流行し天才がもてはやされる一方で、彼のような特性を持つ子は神経過敏、偏屈、育てにくい子として家庭不和の元になることも多かったのです。
フレディが怒りを止められないのも、子どもの頃から光とか音とかがつらい、ということを親に丁寧に伝えても受け流されてしまい、怒らないとまともに話を聞いてもらえないことが繰り返されたからではないでしょうか。そうして「変わり者・悪役」の鎧をつけて自分を守ることにしたのだと想像できます。しかも共感性も並外れて高いから、相手が自分を憎むこともわかってしまう。こうした年月を重ねた上に、チェスチャンピオンとしてのプレッシャーが加わり、支えてくれる人もなくこころを病んでいったのかもしれません。
そんな中で出会ったフローレンスとも8年もの間に共依存的な関係に陥ってしまい、外から見れば完全なモラハラ男。ついには彼女からも見限られてしまいます。
2幕の中盤、CIAに言われるがままにアナトリーとフローレンスを説得しようとして失敗し、フローレンスに「あなたには人を愛する能力なんてない」と吐き捨てられ、二人に「彼があんなに落ちぶれるなんて」と言われ、全キャストが出揃って「誰もが誰の味方でもない」と鋭く歌い切ったあとに、ひとり残されたフレディが歌う「Pity The Child」 。
精神的などん底で、胎児のように丸まって歌い始めるアーロンの歌は、幼いうちに「感じない・気にしない」として封印した自分の哀しみの根源まで深く入り込んで開放し、本当の感覚として辿り直すことで自分を再統合していくような激しさと、苦い悲しみや自嘲で終わらず、癒しに向かう灯が見えるようなラストで、何度聴いてもなんかもうすごいんですよ!
ムーラン・ルージュ!のRoxanneの系統だけれど、あちらが嫉妬という感情を知らなかったクリスチャンが初めて黒い感情の渦に飲まれていくという風情に対して、こちらはあらゆるネガティブな感情に晒された挙句に人も自分も信じられずに引きこもったフレディが、もう一度自分自身の内なる子どもと向き合い、痛みを恐れずに感情を開放していく感じです。複雑で深い。
アーロンのパフォーマンスをリアルタイムで観ることができる時代に生きててよかった、と思える名演です。
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